2021年8月24日火曜日

日記から学ばせてもらう

 こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

またまた音楽とは関係ない話なんですが、

少し前、

2019年に91歳で亡くなった作家の田辺聖子さんが18歳の頃、終戦前後に書いていた日記が、遺族の方によって自宅から発見されたとのことで、その内容がテレビで紹介されていたのを見ました。あまりに印象的だったので、ネットで検索すると、そのことについて書かれた記事もいくつか出てきました。

日記の中からほんの少しの抜粋を見ただけで、全文は見ていないわけですけど

まずは、十代とは思えない文章に驚いちゃって。うわ、すごいな、これが、後に多くの読者を魅了する数々の文学作品を生み出す人間の文才ってものか、と。

戦争の中で目の当たりにしたあまりにも恐ろしく悲しい光景や、友達や家族との日常、自分自身の心の動きや変化などが克明に綴られた文章は、とにかく人並み外れていました。

田辺聖子さんといえば、軽妙な語り口のエッセーや、関西を舞台にした、明るいユーモアを交えた小説なんかのイメージがありますし(ごめんなさい、よく知りもしないで言っています)、ご自身の作品作りのモットーとして「深いことを軽く、面白く」とおっしゃっていたそうですが、

日記は、もっと自分の目に映ったもの、内面から湧き上がる気持ちを率直に記録していたのかなぁと思います。

ただ、同じ頃に書かれたアンネの日記もそうなんですけど、

読ませてもらっていながら、書いた本人的には他人に公開されることを望んでいたのだろうか?公開するとしても、自らが編集して、納得いく形で世に出したかったんじゃないか?できることなら、ずっと自分の中にひっそりとしまっておきたかったのではないか?と、なんだかちょっと、他人の秘密を勝手に覗き見たような罪悪感も感じます。

日記以外にも、死後ずいぶん経ってから遺族が見つけ、公開に踏み切ったというので思い浮かべるのが、向田邦子さんの恋文です。若かりし頃、誰にも打ち明けていなかった恋人に宛てた手紙を、妹さんが本にまとめて出版したものです。私、これはちょっと、読めてません。

うーん...まぁ共通して言えるのは、発見した人が、これをより多くの人に読んでもらいたいと思わせるほどの魅力があったということは、確かだと思います。長い年月を経ても、人の心に訴えかけるような力がある。実際、多くの読者が、そこから様々なことを感じ、教訓を得たり、今を生きる上での道標にしているという人もいると思います。

私が今回感動したのは、田辺さんの洞察力や文章力はもちろんのこと、やっぱり、信じていたものがグラグラ揺らいで、先の見えない混沌とした時代の中であっても、自分の進むべき道や、この先の生き方を見極めようと目を凝らしている、そんなエネルギーというのか、意志のようなものが伝わってきたからです。それは今この時代にも通じるもの、学ぶべきことがあります。

田辺さん、日記を読ませてもらって、すいません。

失礼ながら日記をきっかけに、学ばせていただきました。

これから、田辺さんがたくさんの人に読んでほしいと願って残した作品を、私も読ませてもらいます。

罪滅ぼしというわけではなくて、単純に田辺さんの作品をもっと読んでみたいと思ったんです。

音楽は、今また活動ができず、長い待ち時間に入っています。またいつか人と一緒に音楽ができる日に向けて、私自身、感性を磨いていきたい、向上心を失わずにいたい、と思います。

またご報告しますね!