2021年9月26日日曜日

苦味、甘み、塩味。

 こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

私は昔からキャロル・キングの曲が大好きで、好きな曲、紹介したい曲はいっぱいあるんですが、その中で今回は、

「Bitter With The Sweet」という曲のベースを練習中なので、その曲について、あれこれ書こうと思います。

キャロル・キングっていうと、やっぱりピアノ弾き語りのイメージなので、あんまりベースが前面に出てくる曲ってないんですが、

この曲はめずらしく、ずっとリフっぽく入ってるベースが面白くて、ベースを中心に成り立ってるみたいな感じもありますよね。昔から、いつか弾いてみたいと思っていました。しかしけっこう細かく動いてるフレーズが難しいのよ。

ちなみに、この「Bitter With The Sweet」というタイトル、邦題は「喜びは悲しみの後に」なんですが、

この和訳については、ネットでどなたかも書いてたように、私も少々違和感を感じます。

スウィートとビターを、喜びと悲しみって言い換えていいのか、もしそう訳すとしても、「後に」って言っていいものか。「With」だしね、「After」じゃないもんね。

ネットでこの曲の和訳を検索していくつか見てみると、直訳ではあまりに味気ないし、皆さん自分なりに解釈を加えて意訳したりしていて、けっこう違いもあり、なるほどなぁと思います。かく言う私も、英語はあんまりよくわからないし、どう訳せば正しいかなんて、わからないです。

ただ、なんとなく私自身がこの曲から受け取るイメージとしては、

「悲しいことの後にはきっと喜びが待ってるよ」というよりは、どちらかと言うと、「苦しい中にも見方によっては喜びがあるよ」みたいなことかなぁと思うんです。常に苦楽って表裏一体で、共に存在している。なんか苦しいことが続いて落ち込むと、何にもいいことが無いように思えて、つい自暴自棄になりがちだけど、そこで物事をどう捉えるかで、自分の気持ちを立て直せることもある。

苦味の中にも、よく味わうと甘みもある、むしろ苦味のおかげで、より甘さが引き立ったりして?そんな風に、勝手に受け取ります。

あ、そういえば、歌詞の和訳ではないんですが、もう一つ違和感を感じたタイトルの話していいですか。や、これタイトルって言うのかな(笑)

この前ね、美味しいおかきを頂いたんですよ。外カリッと中サクふわで口当たり軽くて、いろんな味付けのがあって。

その中で「欧風」味ってのを食べたんですけど、欧風って皆さんどんな味をイメージされます?「欧風カレー」とか言うけど、「欧」ってヨーロッパ辺りのこと?まぁ定義はよくわからないけど、私は、バジルとか、オリーブオイルとか、ガーリックとかの風味を想像してたんです。手に取ると、何やら緑のものが練りこまれていて、どうやらこれはイタリアンなハーブの類かな?と。

ポイっと口に入れてサクサク…サク…サク、「おや?」となりました。美味しいけど、これ「欧風」か?どちらかというとファーストインプレッション思いっきり「和風」じゃね?おかきだから?いやいや、「和」のフレーバーが口いっぱい広がってるんですけども。

それで、ラベルに印字された原材料を見てみました。

「あおさのり、えび、ごま…」生地に練りこまれた緑色はア・オ・サ・ノ・リ!

これタイトル付けるなら「磯」から始まるやつじゃね?一言にまとめられないけど「磯なんとか」じゃね?

「欧風」の要素が見当たらず、なぜこれが「欧風」なのか、首をひねりながら私は、一つ、また一つと、磯の塩味を味わいました。やめられず、とまらず、ついつい食べ過ぎました。

さて、そんなわけで「Bitter With The Sweet」、一応、弾けるようになったら、ベース弾いてみた動画もアップするつもりです。練習がんばります。

またご報告しますね!



2021年9月10日金曜日

やっぱり、デカい。

 こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

今回は、スティーヴィー・ワンダーの「I Wish(回想)」という曲のベースを耳コピして弾いてみた動画を撮りまして、そのお話なんですけども、

この曲は、1976年に発売された『キー・オブ・ライフ』っていう2枚組アルバムに収録されておりまして、イントロから「ドゥンドゥンドゥンドゥン...」と繰り返される特徴的なベースラインにキーボードやホーンセクションが絶妙に絡んできて、めっちゃかっこいいですよね。

さて今回、この曲を練習するにあたって、どうしてももう一度見たくなったDVDがあったんです。その名も『メイキング・オブ・キー・オブ・ライフ』。


このDVDはテレビ番組の企画で1997年...ですから、アルバムが発表されてから20年ほど経ってから、スティーヴィー本人や、アルバムに参加したミュージシャンやエンジニアなど、作品が生み出された当時をよく知る人々が登場し、曲の解説や制作秘話を語ったり、20年ぶりに収録メンバー集結して、レコーディングスタジオで収録曲の演奏を再現したり、というドキュメンタリーです。

そんで、けっこうあるあるだと思うんですけど、久しぶりに見ようと思って探したんですが…どうやら、わし、売ったな。

しかしどうしてももう一度だけ見たくなって、中古品買い直しました!アハハ!私が昔売ったものが巡り巡ってまた私の元に帰ってきてたりしてね。おかえりなさい。

そして、あらためて見直してみた感想。

や、もう、やっぱりデカいのよ。

まずベーシストのネイザン・ワッツがデカい。あれ?ギター持ってる?と思ったらベースでしたってぐらい脳内の物差しがおかしくなる恰幅の良さです。その大きな体でいとも軽々と鳴らすベースの音の、まぁ力強いこと。グルーヴほとばしり過ぎです。

一体どうやったらそんな音になるんですか。特に後半繰り出される、グリッサンドしてきての~激しいビブラート、何ていうのかな…「バァオォ~~ゥ」「ヌィ~~ン ウィィ~ン」みたいな、猛獣の唸り声ですか、みたいなやつ。

太い指で リンゴぐらい軽く握りつぶせるくらいの握力じゃないと出せないんじゃないかと思えてきます。これらの音、弾いてみた動画で省略してる人も多いですが、私は一応、気合で全部入れてみました。しかしネイザン・ワッツのように「ちょいと軽く遊びで入れてみたぜ」感はとても無理。いかにも頑張ってる感が出ちゃってます。

あと、このアルバム、スティーヴィー26歳の時の作品なんですが、この頃、レコード会社 モータウンとの契約がいったん切れ、他のレコード会社からもアプローチを受ける中、モータウンと再契約を結ぶにあたっての、その契約金、なんと1300万ドル(当時のレートで約39億円)。それまでのレコード業界史上最高額だそうです。スケールがデカすぎて、わけがわかりません。

モータウンにとっても大きな賭けだったでしょうが、完成したこのアルバムは文句なしの傑作で、発表されると空前の大ヒットを記録し、グラミー賞の「アルバム オブ ジ イヤー」他、4部門受賞の快挙も果たしました。ビッグな契約金も充分上回る偉業をやってのけた、という感じですね。

あ、ちなみに「I Wish」のドラムはスティーヴィー本人が叩いてるってご存じでしたか?インタビューで、レコーディングで自分がドラム叩いたのになぜかクレジットされなかったとぼやいてました。実際スティーヴィーがドラム叩いているシーンもあって、うまいです。この、ハネてるのか、ハネてないのか、みたいな独特なハイハットとかね、良いところにドドッ て入ってくるバスドラとかね、なんかやっぱ、すごいですね。

このアルバムの参加ミュージシャン、皆この作品に関われたことに誇りを持っているのが伝わってきて、とにかく楽しそうに演奏していました。スティーヴィー・ワンダーの存在は、やっぱり、デカい。まさに音楽界の巨星ですね。

さて、よかったら「I Wish」のベース弾いてみた動画、見てみて下さい。

https://youtu.be/D5orfyYuKuo



2021年8月24日火曜日

日記から学ばせてもらう

 こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

またまた音楽とは関係ない話なんですが、

少し前、

2019年に91歳で亡くなった作家の田辺聖子さんが18歳の頃、終戦前後に書いていた日記が、遺族の方によって自宅から発見されたとのことで、その内容がテレビで紹介されていたのを見ました。あまりに印象的だったので、ネットで検索すると、そのことについて書かれた記事もいくつか出てきました。

日記の中からほんの少しの抜粋を見ただけで、全文は見ていないわけですけど

まずは、十代とは思えない文章に驚いちゃって。うわ、すごいな、これが、後に多くの読者を魅了する数々の文学作品を生み出す人間の文才ってものか、と。

戦争の中で目の当たりにしたあまりにも恐ろしく悲しい光景や、友達や家族との日常、自分自身の心の動きや変化などが克明に綴られた文章は、とにかく人並み外れていました。

田辺聖子さんといえば、軽妙な語り口のエッセーや、関西を舞台にした、明るいユーモアを交えた小説なんかのイメージがありますし(ごめんなさい、よく知りもしないで言っています)、ご自身の作品作りのモットーとして「深いことを軽く、面白く」とおっしゃっていたそうですが、

日記は、もっと自分の目に映ったもの、内面から湧き上がる気持ちを率直に記録していたのかなぁと思います。

ただ、同じ頃に書かれたアンネの日記もそうなんですけど、

読ませてもらっていながら、書いた本人的には他人に公開されることを望んでいたのだろうか?公開するとしても、自らが編集して、納得いく形で世に出したかったんじゃないか?できることなら、ずっと自分の中にひっそりとしまっておきたかったのではないか?と、なんだかちょっと、他人の秘密を勝手に覗き見たような罪悪感も感じます。

日記以外にも、死後ずいぶん経ってから遺族が見つけ、公開に踏み切ったというので思い浮かべるのが、向田邦子さんの恋文です。若かりし頃、誰にも打ち明けていなかった恋人に宛てた手紙を、妹さんが本にまとめて出版したものです。私、これはちょっと、読めてません。

うーん...まぁ共通して言えるのは、発見した人が、これをより多くの人に読んでもらいたいと思わせるほどの魅力があったということは、確かだと思います。長い年月を経ても、人の心に訴えかけるような力がある。実際、多くの読者が、そこから様々なことを感じ、教訓を得たり、今を生きる上での道標にしているという人もいると思います。

私が今回感動したのは、田辺さんの洞察力や文章力はもちろんのこと、やっぱり、信じていたものがグラグラ揺らいで、先の見えない混沌とした時代の中であっても、自分の進むべき道や、この先の生き方を見極めようと目を凝らしている、そんなエネルギーというのか、意志のようなものが伝わってきたからです。それは今この時代にも通じるもの、学ぶべきことがあります。

田辺さん、日記を読ませてもらって、すいません。

失礼ながら日記をきっかけに、学ばせていただきました。

これから、田辺さんがたくさんの人に読んでほしいと願って残した作品を、私も読ませてもらいます。

罪滅ぼしというわけではなくて、単純に田辺さんの作品をもっと読んでみたいと思ったんです。

音楽は、今また活動ができず、長い待ち時間に入っています。またいつか人と一緒に音楽ができる日に向けて、私自身、感性を磨いていきたい、向上心を失わずにいたい、と思います。

またご報告しますね!

2021年8月3日火曜日

誰かの気休めに

こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

ヨニンミマンの新曲「奇跡」のMVが完成しました。昨日からYOU TUBEで公開しています。

今回、映像と音楽とを合わせてお届けするということで、そのイメージ、特に、質感というのかな、今まで以上にこだわりました。

こういう状況の中、メンバーと直接顔を合わせることができないまま、ほぼリモートでアレンジをまとめてレコーディングし仕上げるというのは、音の意見交換難しいこともあったし、自分自身、段取り、進め方、苦労したことや反省点も多々あります。

だけどもとにかく、映像と音楽、なんとか納得いく形で融合させて、ようやく完成させることができました。

今は、またこうして一つの作品を仕上げられたことの安堵感、達成感、そして感謝の気持ちで、なんかちょっと胸がいっぱいになっています。やっぱり自分一人の発想とか、自分だけの力ではできなかったとあらためて思っています。

そして、いったん「気が済んだ」というのか、とりあえず自分が「満足した」という感覚に浸っています。まぁでも多分これはほんの一瞬のことで、次の瞬間には、また新たな曲についてあれこれ悩んだり、葛藤したりしていることでしょう。

これから、知り合いを中心にですが、この作品を自分とかメンバー以外の人に見てもらうことになります。

どんなふうに思うかな、気に入ってくれるかな、とか、前にこのブログで書いたように、我が子を初めてのお使いに出すような気持ちで、なんとも言えない不安もちょっぴりあります。

私、何度曲を作ったって、それでむちゃくちゃバズりたいとか、すごい人に見出されて評価されたいとか、大勢の人にウケたいとか、そんなことは思いません。

ただ、めぐりめぐって、誰かの気休めになるといいな、とは思います。

それは誰かに期待してはいけないことだし、そういうの、私にいちいち言葉にして伝えてくれるとは限らないけど、誰かが、ほんのり気持ちがラクになれば、と。

ただの趣味で音楽を作っていて、そのわりにはけっこう大真面目に色々頑張ったり、それなりに産みの苦しみがあったりするわけですが、それに何の意味があるのかと問われれば、

自分が良いと思うものを作ることで「自分の気が済むから」ということ。そして私の作ったもので、誰かのちょっとした気休めになったり、

もっともっと良いものが出来たら、

それがいつか、どこかの誰かのお守りみたいになることもあるかもしれない、って。

それはずっと先で、私が死んでからかもしれないし、知り合いの知り合いのそのまた知り合いとかで、私の全然知らない人かもしれないけど。

そんなふうに信じられることがあるってことが、自分の中で大きくて意味があるんじゃないかって、最近思っています。


ヨニンミマン「奇跡」MV

https://youtu.be/zHN2QtF64tc




2021年7月7日水曜日

ペデルセンのWベース

 こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

さて、先月のブログで、ケニー・ドリュー・トリオによるJAZZアレンジの「ムーンリット・デザート(月の砂漠)」のベースを練習して”弾いてみた動画”を作るぞ!と宣言したわけですが、

あれから、けっこう…が、頑張りました…本当に…ヨロヨロ…バタッ

とにかく、大変な曲でした。

もう、参りました、としか言いようがありません。でも、ありがとうございました。という気持ちです。こんな素敵な曲を経験させてもらってありがとうございます、敬礼、です。

今回、わたくし初めて知ったのですが、この曲でベースを弾いている

ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセン

ちょっと調べてみましたら、

デンマークのウッドベース奏者で、「ウッドベースという楽器の可能性を究極まで押し広げたベーシスト」と言われているようです。確かに、テクニックが超絶なだけじゃないんですよね。かなりの高音域まで縦横無尽に動き回り、ベースという楽器のイメージを超越するような旋律的なソロ、そしてその音は甘美と言うのか、秀麗と言ったらいいんでしょうか。

2005年に58歳の若さでお亡くなりになったそうですが、長きに渡ってオスカー・ピーターソン始め多くのミュージシャンと数々の名演を残し、ヨーロッパ最高のジャズ・ベーシストとも言われているようです。

耳コピして、弾いてみて、その凄さを実感しました。とんでもないな、この人。すごいね、いやぁ難しいです。ちょっとねぇ、ぜんぜん完コピには遠いです。まぁ再現しようなんて思っちゃいけませんけどね。そもそもエレキベースで弾いちゃう時点で「ふざけんな」って怒られそうですが(いちいちおびえすぎですか?)、「ンツツ」みたいな細かいゴーストノートとか、手数を省いてるところ多々あります。

速いのよ。速過ぎよ。結局のところ、100%の速度までは持っていけませんでした。結果、93%ですね。それが私にとって後半のソロのギリギリの線です。余裕無し。もう、手が、取れそうなのね(笑)

師匠にもテンポは多少落として仕上げてもいいと思う、と言って頂いてはいたんですが、しかし、逆にこれ以上テンポを落としちゃうと、それまでの4ビートのノリが失われちゃうというか、さすがに雰囲気が重たくなっちゃうんで、間を取っての落としどころが93%でした。

それで、大変失礼な話なんですが、弾いてみた動画を撮るにあたって、あらかじめ、元の音源をタイムストレッチしてテンポを落とし、それに合わせて弾いております。で、ベースが入っている辺りだけトリミングさせて頂きました。ですから、せっかくの、うっとりするほど美しいストリングスやピアノのイントロとエンディングは、ざっくりカットしちゃったので...

ぜひ、ご興味持たれた方は、あらためてオリジナルの音源を手に入れて最初から最後まで本物のを通してお聴きください。

では、ちょっとお恥ずかしいんですが、ムーンリット・デザート」のベース弾いてみた動画、このブログ内だけでリンク貼らせて頂きます。よかったらご覧下さい。


https://youtu.be/HUBV25RSjAg

最近ベースの話ばっかりになってきていて、なんかすいません。

バンド関係、また何か動きがあったら、ご報告しますね!

2021年6月17日木曜日

息を呑むほど美しい


 こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

さて、前回のブログで、ベースで苦手なジャズを練習している、というような話を書いたんですが、あれからですね、私の師匠のオススメ、といいますか、師匠が「単に私の好みだけど、特にこのアルバムは好きで…」とおっしゃったジャズのアルバムを何枚か聴きまして、

その中で、聴いた瞬間に「うわ、うわ、むっちゃくちゃカッコいい。というか、何なの、これ、もう美しいよ!」と鳥肌立ちまくりの曲があったんです。

それが、ケニー・ドリュー トリオの「ムーンリット・デザート」という曲なんですけど、

この曲名でピンと来た方、いらっしゃるでしょうか。これ、ある日本の名曲を、ジャズバージョンにアレンジしてるものなんですね。

そう、「月の砂漠」です。「♪つ~きの~ さば~くを~」です。このアレンジがすごいのよ。

まずケニー・ドリューさんのピアノが素晴らしいのはもちろんなんですが、さらさらさら~っと入っているストリングスがまた、静かな月夜の砂漠の情景を浮かび上がらせるようで、なんとも幻想的。4ビートのベースは、ほぉ、そこを通るんですね、みたいなひねりを効かせつつアウトし過ぎず、みたいな絶妙なベースライン。途中、高音弦でベースがメロディを弾いているところもあり、これがまた激シブです。

これは久々に息を呑むほど美しい一曲です。あ、なんか「気絶するほど悩ましい」by Charみたいになっちゃいました。

そして私は思いました。曲全体の5:48のうち、ベースが入っている3分弱、時間かければ、なんとか弾けるようにならないかな?と。

ウッドベースの独特のニュアンスは出ないでしょうし、再現をするということは不可能でも、自分なりにこの曲でベースに挑んでみようかと。

こうなったら、やるしかないでしょう!耳コピするしかないでしょうが!ピシッ ピシッ(←自分にムチ打った)

難しいのは重々承知。後半うねるようなベースソロもあって、まぁヤバイんですけど、

もし、なんとか弾けるようになったら、

コソコソ…このブログの中だけで、弾いてみた動画、限定公開します…コソコソ…

(一般公開はしない。だってジャズ好きから「ジャズなめんなよ」とか「違うぞ」とか言われて炎上しそうで怖いもん)

まぁとにかく、またご報告しますね!





2021年5月25日火曜日

Jazz Is A Spirit

 こんにちは。カナーンドッグのヒトミです。

最近ね、思い切ってやめてみたことがあります。

「ながらスマホ」ですね。今までは、これにけっこうな時間費やしてたんですよ。もう、いい加減、やめました。

きっかけはというと…

ある日、ツイッターで久々にバンドのアカウントでログインして、ライブハウスからの未読のメッセージなんかが溜まってないかチェックしたんですが、その後自分のアカウントに切り替えてログインし直そうと思ったら、何故かロックがかかっちゃって、ログインできなくなっちゃったんです。

時間を置いて何度試みても「しばらく経ってからお試し下さい」の一点張りで「なんだよっ」ってカッと腹立てて、しばらくぼんやりして…めんどくさくなっちゃってねぇ。

それで、フと立ち止まって考えてみたんですけど、

ちょっと私、依存症とまでは言わないけれど、スマホ見過ぎかなって。スマホは、そりゃ便利ですよ。でも、特にSNSとYou Tube。目的も無く長時間ダラダラ見て、時には見たくもなかったものまで見ちゃって無駄に気分を害したり、落ち込んだり。私にとって本当に必要な情報だけではない、あまりに、玉石混合の情報過多。(ちなみに既にそんなようなことをテーマに作った「ロスト」って曲とか「オーバーロード」って曲があるんですけどね。)

とにかく、スマホ見る時間を、ついつい後回しにしちゃってる色んなことにまわしたら、もうちょっと有意義に過ごせるんじゃないの?なんて思いまして。

まず、もう枕元にスマホを置かないことにしました。寝ながらスマホは体にも負担かかるし、寝付きも悪くなりますからね。スマホのアラームを使うのもやめて、安い目覚まし時計を買って置きました。意外と時刻も見やすいし、温度湿度計も付いていてとっても良いです。

そしてスマホから、ツイッターとfacebookとYou Tubeのアプリをアンインストールしたら、なんとなく気分がスッキリしました。

あ、ツイッターとか、完全にやめるわけではないですよ。SNSで何かを発信したい時はパソコンでログインすれば大丈夫だし、You Tubeだって、見たい動画がある時にはスマホの小さい画面で見てるより、パソコンで見た方が断然見やすいでしょう?(←自分で自分に言っています。他人に強制するつもりはありません。)

しかしね、こんなところでこうやってわざわざ宣言してるのは、やっぱりまだ気が付くとスマホに手を伸ばそうとプルプルしてる自分がいるからなんですよ。こびり付いた癖ってのは怖いよ。

さて、長い長い余談になりましたが、そろそろ音楽の話をしますと、

今、バンドの方は、自分からは動かずじっと待つということに徹していまして、元来せっかちで悠々と待つのが苦手な私にとっては、ある意味修業です。だけどとにかく、焦って手っ取り早い方法に走ったり、沈黙に耐えられず過度に気を揉む癖もそろそろ直して大人の階段登らないといけないんで、ここは黙って耐えることとします。押忍。

苦手な事と言えばもう一つ、

今、ベースのレッスンでスウィングジャズの4ビートの課題に取り組んでいるんですが、

ジャズって聴くのは好きなんだけど、自分がやろうとすると「なんか違うよ」みたいな雰囲気になっちゃうのよねぇ。どうしても苦手意識が払拭できなくて…

そりゃジャズの演奏経験があまりにも浅いんで、一朝一夕にどうにかしようと思うのはおこがましいとは思うんですが、にしてもね、苦手意識ですね。

なぜ自分がジャズをやることに、これほどハードルが上がってしまったのだろうと、色々と思い起こしてみるんですけど、

高校生の時、一時期だけ通ったエレクトーンのオプションレッスンで、即興演奏でジャズを弾いた後、ジャズがとても得意な先生に「うん、君はジャズがわかってないね。」とバッサリ言われたことがあったな。ガーン(←当時の私)

それと20代の頃、ジャズっていいな→もっと知りたいな、できるようになりたいな→で、ちょっとだけジャズバーに通ったことがあったんですが、飛び入りでセッションした時にドラム叩いたら「ジャズはそんな風にぶっ叩くもんじゃないんだよ!まずはエルヴィン・ジョーンズを聴いて勉強しな!」と一喝され、心が折れたことがありました。また「ロックやポップスなんかやってたって、音楽を突き詰めて行けば演奏家はいずれは皆ジャズに行き着くのさ」的な、ちょっと排他的な?ジャズ至上主義な雰囲気もあって、それで何だか嫌になって行かなくなっちゃったんですね。

でも、ジャズは嫌いじゃないんです。ジャズって言っても色々あるけどさ。

ハービー・ハンコックとか、ダイアン・リーヴス、テリ・リン・キャリントン見たさにライブにも何度も行ったし、いわゆるジャズの名曲として知られる曲で、大好きな曲もあります。

ねぇ、ジャズをやるってことに苦手意識を払拭するカギは何なの?そもそもジャズって何なんだい!

私の心の師匠、ジャズドラマーのテリ・リン・キャリントンに教えを乞いたい気分になって、テリ・リン・キャリントンのCDを引っ張り出して来たら、そのタイトルは、

「Jazz Is A Spirit」でした。

深すぎます。

そもそも教えてもらってその通りにやるものじゃないのかもしれない。

皆の中に、その人それぞれのジャズがあって、それを言いたいだけで、

正しいとか間違ってるとか、わかってるとかわかってないとか、気にするの野暮なのかな。

それよりも、自分が「これ好き」と思うジャズの曲をとにかくやってみて、その中で何かを感じ、掴むものがあるのかもしれません。結局経験が浅いのか?

今、ベースの先生の大好きなアルバムと教えていただいた、カーティス・フラーの「ブルースエット」を聴きながらこのブログを書いています。難しいことはわかりませんが、ゆかしく心地良い音に癒され励まされて、ちょっとやってみようかなという気になっています。

また何かあったら報告しますね!